
フィラリア検査のために行った血液検査が、すべての始まりでした。
そのとき指摘されたのは、腎臓に関わる数値――SDMAや尿素窒素(BUN)の上昇です。腎臓病の可能性を否定できないと言われ、食事や投薬を見直しながら、数値の改善を目指す日々が始まりました。
幸いにも、その後の検査では腎数値は落ち着きを見せ始めます。ほっと胸をなで下ろしたのも束の間、別の項目に変化が現れました。アミラーゼ(Amy)の数値です。
最初は基準値内でした。しかし、検査を重ねるごとにゆっくりと上昇し、ついに基準値を超える結果が出ました。リパーゼ(Lip)は基準値内。それでも「アミラーゼが高い場合、膵炎の可能性も考えられます」と獣医師から告げられます。
膵炎――それは突然激しい症状を起こすこともある病気です。けれどもコタローには、典型的な急性症状は見られませんでした。嘔吐や下痢は過去にあったものの、この時点では落ち着いていました。ただ、ときおり見せる震えや、急に食欲が落ちる日が気になってはいました。
さらに、アミラーゼが大きく上昇した日付の一つは、てんかん発作が重なった日でもあります。身体の中で、何が起きているのか。腎臓、脳、そして膵臓――複数の問題が絡み合っているのではないかという不安が、静かに広がっていきました。
この記録は、膵炎と確定した日の話ではありません。
「疑い」と向き合い始めた、その入り口の記録です。
犬の腎数値の改善を目指していた中で
フィラリア検査の際に判明した腎数値の上昇は、当時の私にとって大きな衝撃でした。SDMAと尿素窒素(BUN)が基準値を超え、「腎機能の低下が始まっている可能性があります」と説明を受けたからです。年齢を重ねれば避けて通れない問題かもしれない――そう頭では理解しながらも、どこか現実味のないまま対策が始まりました。
まず見直したのは食事内容です。たんぱく質量やリンのバランス、水分摂取量を意識し、腎臓に負担をかけない構成へと段階的に調整しました。急激な変更は体調を崩す原因にもなるため、少しずつ様子を見ながら切り替えていきます。また、定期的な血液検査を行い、数値の推移を確認することになりました。
幸いにも、次の検査では数値がわずかに改善。その後も緩やかに基準値に近づいていきました。完全に安心できる状態とは言えませんでしたが、「方向性は間違っていない」と思える結果でした。腎臓に関しては、このまま慎重に管理を続けていけば維持できるかもしれない。そう感じ始めていた時期でもあります。
しかし、体全体を一つの臓器だけで切り離して考えることはできません。てんかん発作の既往があり、抗てんかん薬も継続中。年齢的な変化も加わります。血液検査の数値は、単独で意味を持つのではなく、常に他の要素と関係しながら変動していきます。
腎数値が落ち着き始めたことに意識が向いていたからこそ、他の項目の変化に気づくのが一歩遅れたのかもしれません。検査表の中で、アミラーゼの数値が少しずつ上昇していることに気づいたのは、数回目の検査結果を並べて見比べたときでした。単発では基準値内に見える数値も、推移として見ると確実に右肩上がりになっていたのです。
腎臓の改善に目を向けていたその裏側で、別の臓器が静かに変化を始めていた可能性。
そのことに気づいた瞬間から、私の中で「次に確認すべきこと」は膵臓へと移っていきました。
さらに、この頃、腎数値も高めで経過観察中でした。詳しい内容については
「15歳で腎臓病が疑われた日― 多飲・頻尿…5つの初期症状と血液検査結果【先住犬コタローの記録】」でまとめています。
犬、アミラーゼ上昇とリパーゼ正常という結果
アミラーゼの数値が基準値を超えたとき、検査表を見てもすぐに深刻さを理解できたわけではありませんでした。腎数値の推移には慣れつつありましたが、膵臓に関わる数値については、それほど強く意識していなかったからです。
アミラーゼは主に膵臓や唾液腺から分泌される消化酵素で、炭水化物の分解に関わります。一方、リパーゼは脂肪の分解を担う酵素で、同じく膵臓由来です。一般的に膵炎が疑われる場合、この両方、あるいはリパーゼの上昇がより重要視されることが多いと説明を受けました。
ところが、コタローの検査結果は少し複雑でした。アミラーゼは基準値を超えているものの、リパーゼは基準値内。明らかに両方が高値という状態ではなかったのです。そのため、獣医師の説明も「膵炎の可能性がゼロとは言えないが、確定的ではない」というものでした。
さらに、アミラーゼは腎機能の影響を受けることもあります。腎機能が低下すると、体内で分解・排泄されるはずの酵素が血中に残りやすくなり、数値が上がることがあるといいます。腎数値が完全に安定したとは言えない状況だったため、その影響も否定できませんでした。
つまり、この時点では複数の可能性が並行して存在していたことになります。
・腎機能の影響による一過性の上昇
・軽度あるいは慢性的な膵炎の始まり
・薬剤や体調変動による影響
どれも決定打には欠ける。けれども、「正常」と言い切れる状態でもない。その曖昧さが、判断をより難しくしていました。
臨床症状も決め手に欠けていました。急性膵炎に見られるような激しい嘔吐や持続的な腹痛はありません。ただし、食欲に波があり、時折みられる震えや落ち着かなさが、無関係とも言い切れませんでした。症状が強く出ないタイプの膵炎もあると聞き、慎重に経過を見ていく必要があると感じました。
数値は“点”ではなく“線”で見るべきだと言われます。今回のアミラーゼ上昇も、単発の異常ではなく、徐々に上がってきた経緯がありました。だからこそ、偶発的な誤差として片づけるにはためらいが残ります。
アミラーゼ高値、リパーゼ正常。
その組み合わせは、安心材料にも不安材料にもなり得る中間的な位置にありました。明確な診断には至らないまま、「膵炎疑い」という言葉だけが静かに残ったのです。

てんかん発作と数値上昇が重なった日
アミラーゼの数値が大きく上昇していた検査日を振り返ったとき、ひとつ気になる事実がありました。その直前、あるいは同じ時期に、てんかん発作が起きていたのです。
コタローはこれまでにも発作を経験しており、抗てんかん薬を継続していました。発作の頻度は落ち着いていたものの、完全にゼロになったわけではありません。発作が起きると、全身の緊張や痙攣、発作後の混乱状態が見られ、体力の消耗も大きいものでした。
問題は、その「発作」という出来事が、体内の数値にどのような影響を及ぼすのかという点です。
激しい痙攣発作は一時的に筋肉へ大きな負荷をかけ、代謝も急激に変化します。また、強いストレス反応が起きることで、ホルモンバランスや自律神経にも影響が出るといわれています。そうした全身的な変化が、膵臓を含む内臓へ負担をかける可能性は否定できません。
実際、発作後は一時的に食欲が落ちることがありました。元気が戻るまで半日から一日かかることもあります。嘔吐こそありませんでしたが、「なんとなくいつもと違う」時間帯が確かに存在していました。
アミラーゼが高値を示した検査日は、ちょうどそのような時期と重なっていました。偶然といえば偶然かもしれません。しかし、発作という強い身体的イベントと、膵酵素の上昇が同時期に起きているという事実は、無視できるものではありませんでした。
発作が原因で一過性に数値が上がった可能性。
あるいは、もともと膵臓に負担がかかっていた状態があり、それが発作というストレスで表面化した可能性。
どちらが先で、どちらが結果なのかは、この時点では分かりません。ただ、脳と膵臓は無関係な臓器ではないと感じるようになりました。体は一つの系としてつながっている。発作は脳の問題であっても、その影響は全身に及ぶのだという実感がありました。
さらに考えなければならないのは、抗てんかん薬の影響です。長期投与による肝臓や膵臓への負担はないのか。用量や血中濃度は適切か。発作そのものだけでなく、その治療もまた体に影響を与え得る要素です。
発作が起きた日と、アミラーゼが上昇した日。
その二つが重なった事実は、「単なる偶然」と片づけるには重みがありました。数値の変化を個別に見るのではなく、出来事と時間軸を重ねて見る必要がある――そう強く感じた瞬間でした。
この日を境に、私は「膵炎の可能性」をより現実的なものとして受け止め始めました。

発作が起きる前の、まだ穏やかだった頃のコタロー
犬、膵炎“疑い”という段階でできること
「膵炎の可能性があります」と言われたものの、確定診断に至る決定的な所見はありませんでした。アミラーゼは高値、リパーゼは基準値内。強い臨床症状もない。まさに“疑い”の段階です。
この曖昧さは、不安を大きくもしますが、同時に冷静に選択できる時間があるということでもあります。急性膵炎のように緊急入院を要する状況ではなかったため、まずは経過観察を基本に方針を整理することになりました。
最初に見直したのは食事内容です。膵臓への負担を軽減するため、脂肪分を抑えた構成に調整しました。急激な変更は消化器に負担をかける可能性があるため、これまでの食事とのバランスを取りながら、段階的に移行していきます。食欲や便の状態、体重の変動を細かく記録し、小さな変化も見逃さないようにしました。
次に意識したのは“空腹時間”です。膵臓は食事のたびに消化酵素を分泌します。長時間の絶食後に一度に多く食べることは負担になる可能性があると考え、食事回数や量の配分も調整しました。少量を安定して摂る形へ整えていくことで、急激な刺激を避けることを意識しました。
また、発作との関連も完全には否定できなかったため、抗てんかん薬の血中濃度や投与時間についても改めて確認しました。薬そのものが直接の原因であるとは断定できませんが、長期投与の中で体にどのような影響が出ているかを把握することは重要です。膵臓だけでなく、肝臓や腎臓を含めた全体像を定期的に評価する体制を整えました。
“疑い”の段階で最も大切だと感じたのは、数値を単独で見るのではなく、「推移」と「体調」を重ねることでした。血液検査はあくまで一つの指標です。元気、食欲、排便、睡眠、発作の有無――日々の生活の中にある小さな変化こそが、実際の状態を映していることもあります。
確定診断ではないからこそ、過度に恐れず、しかし軽視もしない。その中間に立ち続けることは簡単ではありませんでした。けれども、この段階でできることは確かにあります。負担を減らし、観察を続け、次の検査でどう変化するかを見る。その積み重ねが、後の判断材料になります。
膵炎“疑い”という言葉は不安を伴いますが、それは同時に「今ならまだ調整できるかもしれない」という余地でもありました。確定ではない時間を、ただ不安で過ごすのではなく、整える時間に変える。その意識が、この時期の支えになっていました。
まとめ
アミラーゼ高値という検査結果は、明確な診断ではなく「可能性」を示すものでした。腎数値の改善を追っていた中で見つかった変化。てんかん発作と重なった時間軸。リパーゼは正常という事実。どれも単独では結論になりませんが、重ね合わせることで見えてくるものがあります。
膵炎“疑い”の段階でできることは、特別な治療よりも、日々を丁寧に整えることでした。食事、投薬、体調の記録。そして、数値を「点」ではなく「流れ」として見ること。
この記録は、診断の確定ではなく、向き合い始めた入り口の記録です。
小さな変化を見逃さないことが、その後の選択を支える基盤になりました。


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